2012年01月31日

橋下市長、定員割れ府立高「廃止」強行へ

[教育改革] ブログ村キーワード橋下徹大阪市長と松井一郎大阪府知事は30日、「府市統合本部」会合で、府市の教育委員と大阪維新の会の教育基本条例案について修正協議したが、定員割れが続く府立高の統廃合ルールや学区撤廃などに関し教委側の異論を押し切った。

原案に沿った形で府市の2月議会にそれぞれ提出する意向だ。

維新の会の原案は、3年連続で定員割れした府立高を統廃合の対象とすると規定。教委側は首長と協議してまとめる「教育振興基本計画」の中で決めるべきだと主張したが、橋下市長は「ある種、裁量権の話だ。教委にフリーハンドは与えない」と譲らなかった。

府立高の学区については、2014年度撤廃に向け制度設計する方針を決定。中西正人府教育長は「議論が尽くされていない」と反対したが、知事らが「議会に判断してもらう」とはねつけた。

このほか教育目標を決定する権限が首長にあることをより明確化することも決めた。前回会合では、首長が教委と協議し、教育目標を含めた教育振興基本計画を作成するとしていたが「協議が調わなかった場合は、教委の意見を付記し議会に提案する」と追加した。

会合後、中西教育長は学区撤廃について記者団に「時間をかけて検証したかったが、政治判断と言われたので委ねざるを得ない」と述べた。

ソース → 日刊スポーツ
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20120130-896988.html


他の国会議員や首長と比べ、教育行政に関しての発言が大変多いのも橋下氏の特徴です。

教育は票に結びつかない、とばかりに、長年日本の教育システムはほとんど手を加えられることなく、放置され続けてきました。例えば高等学校の英語の学習内容。リスニングが多少増えた程度で進歩、等と言っているから、今や日本の教育レベルは他のアジア諸国と比べ衰退の一途です。一般的に教育熱心とされる教師や評論かも、数十年前から変わらない受験テクニックや勉強方を手を変え品を変え提示している程度。日本の教育を抜本的に変えようとという志があり、かつ発信力のある人といえば、ここ最近は橋下氏の他には全く見当たらないのではないでしょうか。

まあ、それにしても、いわゆる底辺校と呼ばれる公立高校の授業ったらひどいもんです。授業内容、生徒の授業態度・・・毎年何人かが成績不振や素行不良で退学になりますが、それでも大甘。全ての高等学校が責任を持って、各生徒を、高校生として最低限度の知識を身につけさせた上でなければ卒業させない、という態度ならば救われるのですが、高校生で留年となると、世間体を気にするバカな親が多いので、中々そこまでやる高校は少ないのですよね。。

今、底辺校に求められているのは、生徒と保護者に対する毅然とした態度。”高校卒業試験”を新設し、クリアしなければ5年でも6年でも高校生を続けさせる、そういった姿勢だと思います。

話を元に戻しますが、今、その底辺校の公立高校で、定員割れが増えている。大阪市の高校無償化政策で、私立学校に回る生徒が急増しているからです。大阪府は他県に比べて実は公立高校改革は比較的進んでおり、十年以上前から、総合学科や単位制、普通化選択性の高校等を多数導入(多くが学区無しで)し、各高校の特色作りを行い、かつて底辺校と呼ばれた高校でも今はそこそこの人気を保っているところもあります。しかし、それでも、毎年確実に子どもも数は減り続けているため、クラス数が減少し、高校としての規模を維持するのが難しくなっているところも少なくありません。

大阪全体の教育のことを考えれば、公立高校の統廃合はもっともっと劇的に行われるべき

なのですが、やはりそこは、地域住民や卒業生の反対等もあり、今までは少しずつしか前に進んでこなかった、というわけです。

学区制撤廃反対論者の中には、大阪府下の高校の学区制が9学区制から4学区制に変更になってまだ5年ほどしか経過していない、という意見もあるようですが、生徒数が急激に減少する中、各公立高校の魅力UPと今の世の中の動きの早さに対応させるべく、速やかに学区撤廃と不人気高校の統廃合を行うべきでしょう。

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タグ:教育改革
posted by 良太郎 at 19:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 橋下改革・大阪維新の会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月28日

首相公選制よりも投票義務化を その2

今回の記事は、前回記事http://hashimoto-toru.seesaa.net/article/248671609.htmlのつづきです。
[選挙制度] ブログ村キーワード
前回は、首相公選制について、メリットと問題点を指摘した。

ただ、それ以上に世の中を変える、革命的な変化をもたらすと私が思うのが、国民の選挙投票の義務化だ。

主要国では、オーストラリアが導入している義務化。罰金制度もあるこの国では、投票率は常に95%前後を推移し、まさに全国民の代表として国会議員、そしてその代表としての首相が選ばれている。

一方、義務化のないオーストラリアの隣のニュージーランド。ここでは、真面目な国民性から以前は総選挙の投票率が90%近くあったにもかかわらず、近年の総選挙では70%程度までに落ち込んでいるそうだ。投票率の落ち込みは日本だけの問題ではなく、実は世界中の民主国家の懸念材料のひとつであって、投票は義務でなく権利であり、投票に行かない自由も保障されている、という考え方が支配的であるからなのだが、それでも日本のように地方選挙で20%、30%というひどい投票率が出ているのはあまりに異常であるというべきで、そういう状態であってもこれまで大した改善策が取られずに(せいぜい投票時間の延長と不在者投票の拡大)放置されてきた。

具体的な例で分かりやすく説明したいのだが、ここ10年ぐらいの都市部の知事選や市長選の投票率の平均をざっと見ると、5割を割るケースが多い。これはもちろん全体の数字であって、20代、30代の投票率だけを見れば、全体の半分程度、つまり2割そこそこ
という恐ろしい低さであるとことを、皆さんはご存知だろうか?

つまり前回のダブル選で、大阪市長選の投票率が60%を越えた、と大きな話題になった。それでも約4割の人が投票をしていないことになる。更に言えば、従来に比べて、20代、30代が投票に行った、と言われるが、それでも年齢別投票率を考えれば、半数(以上?)の若者が投票に行っていないのだ。

平松氏にダブルスコアの大差をつけることができたように、時代の希求するベクトルに敏感な20代、30代(40代)の投票が、義務化により倍以上に増える・・・投票義務化によって生じる結果の変化は、ものすごく、ものすごく大きいのである。

いまの政治情勢・世論の下で仮に投票義務化があれば、維新の会(とその仲間政党)は衆院で第一党になれると私は思うのだが・・


まあ色々言ったが、もちろん、投票率の低下停滞は、投票に行かない若者が一番悪い。

なぜ若者は投票に行かないのか、と言うと、要はめんどくさい、誰に入れていいかわからない(考えようとしない)ということだけ。政治になじみのない若者が関心を持つのを待つのではなく、選挙に参加して初めて若者が政治に関心を持ち始める、と私は思うのだが。

そして、断言する。若者の圧倒的多数は、支持政党なし。全ての若者が政治参加すれば、前回大阪市長選の平松氏のように、特定の団体からの支持に受けて立候補した候補者は、まず壊滅状態になる。

日本を牛耳ってきた各種圧力団体(高齢者の割合が高いことはいうまでもない)を弱体化させ、日本の政治を、日本の将来の担い手、子育て世代、若者の手に取り戻すことこそ、日本を救う道である。

調べたところ、投票義務化の実現には、憲法の改正が必要であるようだが、この実現を選挙公約にして次期総選挙を戦ってくれる政党はでてこないのだろうか??

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posted by 良太郎 at 19:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

首相公選制よりも投票義務化を その1

[首相公選制] ブログ村キーワード
まずはこの記事を見てもらいたい。

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みんなの党、首相公選制法案提出へ 橋下市長と連携狙う

みんなの党の渡辺喜美代表は24日の両院議員総会で、国民が首相候補を直接投票する「首相公選制法案」を今国会に提出する考えを表明した。首相公選制は大阪市の橋下徹市長も提唱。渡辺氏としては橋下氏と連携して次期衆院選で党勢拡大を目指す狙いだ。

 みんなの党が検討する首相公選制は、衆院選で投票する際、首相にふさわしいと考える衆院候補をひとり選んで「参考投票」できる仕組みだ。投票結果に拘束力はないが、国会議員は「国民の意思を尊重」して衆院選後に首相の指名選挙を実施。「憲法改正なしに首相公選が事実上、実現する」(渡辺氏)という。

 渡辺氏は、両院議員総会で「政治の体たらくに喝を入れるために、ダイナミックな発想の転換が必要。首相がくるくる代わるのは、野田首相で終わりにしたい」と訴えた。
ソース → 朝日新聞
http://www.asahi.com/politics/update/0124/TKY201201240577.html
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橋下氏が首相公選制の支持者であることは周知の事実である。その理由として、氏が言っているのは、今の日本の民主主義は、”何も決定できない民主主義”であり、誰も責任をとらない(事なかれ主義の蔓延)。首相公選制にして、責任を取れるリーダーの元、”決定できる民主主義”を実現しよう、と、大体このようなことである。

消費税UPやTPPですら、すぐに決めることができない国会議員。これを首相公選制にすると、リーダーは仮に党内に反対論がうずめいていても、今以上にトップダウンで政策実行しやすくなるというメリットはあるだろう。だから、私は首相公選制に反対ではない。


一方で、我々が忘れてはならない点がいくつかあると思う。


それは、本当に我々日本国民が、真のリーダーを選べる”眼”を持っているのか、ということだ。

直接投票で選ばれた首相の任期途中での交代は、ここ最近のように簡単にはいかないだろう。そんなことをすれば、首相公選制の制度が形骸化してしまう。(公選できるのは総選挙時のみ。)つまり、首相公選制にすれば、国民は多少問題のある首相でも、我慢するだろう、あるいは我慢せざるを得なくなる、ということ。自分たちが直接選んだリーダーの政策が悪くても、その人を選んだ国民はいままで以上に責任を持つことになる、ということをもっと自覚しないといけない。

想像して頂きたいのだが、もし前回の衆院選で首相公選制が行われていたら、(当時の党首たちの中から選ぶとして)鳩山、谷垣氏らの争いとなり、やはり鳩山氏が選ばれていた可能性が高いと思う。そんな状態(鳩山首相)を何年も我慢し続けている日本国民は、果たして幸せだろうか??

一方で、私はマスコミが作り出す世論調査を信用していない。必要以上の回数を実施し、”支持率低下”がたびたび新聞紙上をにぎわす。そして、マスコミの揚げ足取り、バッシングはひどくなり、更に支持率低下、一年持たずに首相交代。これがここ最近の日本のパターンである。
世論調査の設問を良く見てみると、権力叩きの本性が丸出しになっている誘導設問も少なくない。こういった世論調査が非常に頻繁に行われている。これには、もともと”流されやすい”日本国民の性質を手玉に取り、大マスコミが世間を牛耳っているような気がして、私は激しい憤りを感じる。今のまま首相公選制が導入されても、マスコミの世論調査の方が、国民投票より力を持ってしまうという恐ろしいことが起こってしまうかもしれないのだ。
一方、多数の国民も世論調査で内閣支持率が低下しているのを見るや否やすぐに”やれ解散だ、総選挙”だと大騒ぎしてしまっている部分も問題であることは否定できない。


要は、首相公選制にはメリットもあるが、それは、橋下氏のような真に優れたリーダーを選出できた時のみであり、それが毎回出来るのか?ということだ。

そこで、私には、首相公選制の導入より、もっとメリットの大きいと思われるアイデアがある!

それが、タイトルにある、投票義務化制度の導入である。


このメリット等については、長くなったので、続きを後日としたい。

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posted by 良太郎 at 20:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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